税理士に対する損害賠償事例の研究 (相続税3)
97.1.16作成

相続の申告に際し、物納申請手続きを依頼されたにもかかわらず、その手続きを怠ったために損害賠償を請求された事例

【事例】

税理士であるYは、相続人Xから相続税の申告手続を行うよう依頼を受け、た。Xは、相続財産の大部分が不動産で相続税の納付を金銭ですることは困難であり物納によることが最良であると考え物納申請手続きをも委任した。
Yは、遺産分割協議書を作成し同書にXの署名押印を得て相続税申告書及び物納ではなく延納申請書を作成し所轄税務署に提出した。その後、Xらは、税務署担当官の調査を受けたことから、財産評価通達に反する評価の誤り、延納申請手続きをしたことにより、もはや物納できないことなどを知り、Yに物納による手続を依頼したのに、Yは延納の手続きをしたため余分な土地を売却せざるを得なくなったとして、損害賠償として、売却を余儀なくされた土地と相続税額の差額、納付した延納利子税、過少申告加算税及び既に支払った報酬に相当する金員の支払をYに求めた。

.
【問題点】
1,物納の申請を頼まれたのに、延納申請を行ったことは、専門家の裁量権の範囲となるか。
1,売却という行為があって始めて損害額が発生するようなものが損害額といえるか。

【解説】
1,税理士の裁量権

専門家は、依頼を受けて仕事を行うことから、依頼者の指示に従うのが原則であるが、同時に、依頼者は、専門家が高度に専門的な知識、技能を有すると思うが故に、専門家に仕事を依頼するのであるから、専門家は、その技能を十分に発揮するための事務処理の方法等について大幅に自由な裁量権が認められる必要がある。
すなわち、専門家には、依頼者の意思を忠実に履行する義務と裁量権を行使して依頼内容の実現のため善良なる専門家として慎重な配慮を尽くす義務がある。
そこで、専門家は依頼者の指示を忠実に実行するばかりでは十分ではなっく、逆に、指示に従ったことにより責任を追及される場合もある。依頼者の意思に従ったことに責任があるとされた事例(東京地裁平成3年3月25日判決、判例時報1403号47頁)に、不動産取引に立ち会った司法書士が、最新の登記簿謄本が入手できないがそのまま取引を進めるかどうかついて買主およびその代理人である不動産業者の意向を一応確かめた上で、取引を決済させた事案につき、「専門家としては、むしろ、登記簿を確認するまで取引を延ばすべきこと、未確認で取引するのであれば、自分としては、責任が持てないことを業者および原告に対し、強く主張すべきであった。」としたものがある(鎌田薫「我が国における実情」シンポジューム 20頁)。しかし、その範囲となると必ずしも明確ではなく、ケース・バイ・ケースで指示に従うか専門家としての判断を優先するかを決定しなければならない。
専門家としての判断を優先する場合でも、しない場合でも、依頼者に対して十分が説明義務を尽くさなければならないのは、納税猶予の事例に示すとおりである。

2,物納制度
一 物納制度の趣旨

租税は、金銭納付が原則であり、相続税についても変わるところはない。しかし相続税の場合には、相続により取得した財産に換金性の乏しい不動産等が含まれている場合には、金銭をもって一時に納付することが困難な場合がある。このとき、納税者が将来にわたり安定した収入が確保されていれば、相続税の延納制度を利用できるが、年賦延納制度でも納付することが困難なときに、物納の制度が設けられている。すなわち、納税者に有利な納税方法を選択できる利益が与えられているわけではない。
二 物納の要件
イ 相続税の納付を物納でしようとする場合には、金銭納付の例外であることから、次に掲げる要件をすべてを満たさなければならない(相法41)。
@ 相続税を延納によっても金銭で納付することが困難な事由があること
A 期限内に納税者が物納申請すること
B 物納財産は、相続税の課税価格の計算の基礎となった財産等であること
C 物納財産が管理または処分に適するものであること
ロ 物納の対象となる相続税は、期限内申告、期限後申告、修正申告、更正・決定により納付することとなる相続税で、相続税の本税に限られ、これにかかる各種加算税、延滞税および連帯納付義務等は、その対象とはならない。
ハ 物納に充てることができる財産は、納税義務者の課税価格計算の基礎となつた財産又はその財産の処分等により取得した財産で、その財産の所在が日本国内にある次のものに限られる。次ぎに掲げる財産で、後順位の財産を物納する場合には、先順位の財産を物納に充てることができない特別な事情がある場合に限られる。
第1順位 国債及び地方債
不動産及び船舶
第2順位 社債及び株式並びに証券投資信託又は貸付信託の受益証券
第3順位 動産
ニ 物納申請書の提出期限(相基通4139-1)。
次のように、概ね延納申請期限と同一となる。
イ 期限内申告書及び相続財産法人に係る財産分与があった場合(相法31A)の修正申告書の提出による納付税額についての延納申請書は、これらの申告書の提出期限まで
口 期限後申告書や前記イ以外の修正申告書の提出による納付税額についての延納申請書は、これらの申告書の提出の日まで
ハ 更正または決定による納付税額についての延納申請書は、これらの通知書が発せられた日の翌日から起算して1か月を経過する日まで
とされている。

3,事例の検討
一 裁判例の検討

本事例は、東京地裁平成7年11月27日判決(判例時報1,575号71頁)と同旨であることから、最初にこのケースを検討する。
判旨を次ぎに示す。
イ、Xらは、Yに対し、本件相続税の申告を依頼するに際し、あわせて物納の申請手続きを依頼したと認定し、Yが延納の申請手続きをしたことは、委任の本旨に従がったものではなく、善良な管理者の注意で委任事務を処理しなかった。
ロ、Yのした延納申請によって、売却を余儀なくされた土地の価額が物納税額に相当する土地の路線価額を超える場合のその差額分の損害と、延納利子税等の損害額の合計2億8千万円の損害賠償を認めた。
ハ、委任事務処理の費用は、受認者が委任事務を委任の本旨に従い善良な管理者の注意を持って処理する場合に取得しうるが、受認者であるYは、Xらの依頼の趣旨に反し、その信頼を悉く踏みにじった。その不履行の内容、程度に照らせば、委任事務を全く履行していないに等しく、既に支払われた交付金は、本件委任事務処理の費用として評価するに値せず返還すべきである。
として、専門家たる税理士に厳しいものであった。

二 問題点の検討
イ 納付の方法について、そのための申請も含めて税理士の裁量権がどの程度及ぶかは、納付の方法・手続きなどの説明・指導義務は専門家の責任には含まれると考えられる(延納についての事例**に同じ)が、納税方法の申請に関して、裁量権を行使して依頼者の意思と全く異なった申請をすることは裁量権の濫用となろう。納付とは、納税者の租税債務を弁済する行為で、納税義務を消滅させる。当然納税者が、租税の納付について全ての責任を負うことになり、受任者の裁量の及ぶ範囲は限定される。たしかに、延納から、物納に変更することができないため、物納申請をひとまずしておく方が利益になると考えたとしても、それについての説明は必要であるが、受任者が勝手に委任者の意思と異なる申請書に押印して提出する権限は裁量権の範囲ではないと考えられる。

ロ、損害額を、物納によっていれば拠出すれば足りた土地の価額と、延納申請したことにより失った土地の価額との差額分とが、損害額とすることには疑問である。それは次の理由による。

イ、実際に売却が行われるまで損害額の確定ができない。
ロ、売却額は一律なものではなく、相手方、時期、売却の理由によりまちまちである。
ハ、相当因果関係説に、一般に生ずるであろう損害と解され、予測不可能な時価の下落など特殊な事情によるものまで損害の範囲に含めるべきではない。
ニ、損害賠償額の認定基準日は、履行不能の時、すなわち延納申請を出した時とすべきである。
ホ、結果的に物納によった場合の租税歳入の減少を税理士が負担したことになっている。

【注意義務の範囲】

納付方法・手続きについても税理士は指導・助言義務を負うとした考えが一般的になっていることから、今後は、遺産分割方法についても助言を求められ、責任の追及されることも考えられる。
専門的な説明を行ったときや納付の方法の確認は、委嘱契約書に添付し、納付方法についての最終確認書などを求める必要があろう。

以上

前のページへ

ホームページへ

Last Updated: 27/MAY/1997