相続税の申告における課税財産の範囲

税理士 中江博行

(関東学院大学法学研究科博士課程)

はじめに
 我が国相続税法は、被相続人から相続又は遺贈により取得した財産を基に課税価格を算出する。しかし相続税の申告実務に当たっては、この財産について課税価格に算入すべきか否かの判断に戸惑うことも少なくない。
 財産について、相続税法では明確な規定をおいてはいないが、私法上は一定の目的の下に結合し独立の責任財産としての財産権の総体を指すことが多い。そして財産の範囲としては、個々の法律によって異なるが、積極財産(資産)だけを指す場合もあれば(民法306、668等)、消極財産(負債)を含む場合もある(民法25、896等)。そこで、相続税法でも財産に消極財産も含むという考えもあるが、通常、財産とは積極財産のみを指し、相続税法13条で債務控除として積極財産の価額から控除するという考え方が一般的である(注1)。ここでは、積極財産(以下単に”財産”という)の範囲について疑義のあるところをいくつか検討する。

1,争いのある財産
 被相続人の財産は、相続開始と同時に相続人に承継される。この相続財産中に相続人の財産に属する権利、義務についての争いがあれば、それもまた承継される。
 相続開始時に所有権等の争いのある財産があった場合、すなわち財産の帰属について必ずしも明きらかでない場合には、課税価格の算入すべき財産か否かの確認を必要とされる。
 財産評価基本通達210では、「訴訟中の権利の価額は、課税時期の現況により係争関係の真相を調査し、訴訟進行の状況をも参酌して原告と被告との主張を公平に判断して適正に評価する。」として、その時の状況等に応じた独自・個別の判断を要求する。
 通常、客観的合理性を有していれば権利を主張する範囲において課税価格に算入すべきものと思われる。なぜならば、当事者においては、それなりの合理性を有し権利を主張していると思われるからである。すなわち同一の財産につき相方の相続財産となり、同一財産でダブルの課税がおきることになるが、その後、裁判上の判決、和解等により権利の存在が否定されれば、更正の請求(国税通則法23A一)を行うことができる。

2,時効にかかっている財産
 前記1(争いのある財産)と同様に、被相続人の財産は、時効より取得あるいは消滅する場合にもその状態が承継される。
 時効とは、一定の事実状態が一定期間継続すると、この状態が真実の事実関係に合致するかを問わずに、権利の取得・消滅の法律効果を認める制度で、権利取得の効果を認めるのが取得時効、権利消滅の効果を認めるのを消滅時効という。そして前者の対象となる権利は、所有権と地上権、永小作権などの財産権であるが身分権は対象にならない。後者は、財産権であるが、所有権、占有権などは除かれる。
 取得時効は、民法162条で次のように規定されている。
「@二十年間所有ノ意思ヲ以テ平穏且公然ニ他人ノ物ヲ占有シタル者ハ其所有権ヲ取得ス
 A十年間所有ノ意思ヲ以テ平穏且公然ニ他人ノ不動産ヲ占有シタル者カ其占有ノ始善意ニシテ且過失ナカリシトキハ其不動産ノ所有権ヲ取得ス」
 この様に民法は、二〇年あるいは一〇年経過すれば、実体法上の権利得喪がそれだけで生じるように定めているが、他方、民法145条では、「時効ハ当事者カ之ヲ援用スルニ非サレハ裁判所之ニ依リテ裁判ヲ為スコトヲ得ス」として、当事者の援用を求め、援用がなければ裁判所で独自に時効だと認定することはできない。この援用と効果に関する従来の学説は、時効の完成により、時効の効果は当然に確定的に生じ、時効の援用は単なる訴訟上の攻撃防御方法に過ぎないとする「確定効果説」と時効の援用を時効の実体法上の効果発生要件とする「不確定効果説」とに大別され、後者が有力になっている(注2)。すなわち、援用がなければ時効の法的効力は発生しないことになる。
 そこで相続税においても相続開始時に時効完成財産が含まれていた場合でも時効の援用権者から援用がなされていない場合には、原則として相続財産に含まれると考えられる。またその後に援用が行われた場合には、更正の請求等によって、その時効完成財産を除外したところで相続税を再計算することになる。
 しかし相続開始後に時効が完成し援用が行われた場合に、遡って更正の請求等により相続財産から除外しうるかが問題となる。
 民法144条では、「時効ノ効力ハ其起算日ニ遡ル」と規定し、占有開始時から所有者であったとにして、時効経過期間中の種々錯綜した法律関係の解決を図った。すなわち取得時効により他人の物の所有権を得た者は、時効期間中に収取した果実の返還を免れ、消滅時効にかかった元本債権の債務者は、時効期間中に取得した利息支払義務も免れることとなる。
 このため、相続開始後に時効が完成し援用が行われた場合にも、遡及的効果により相続財産ではなくなるのであるから、更正の請求が認められるべきだとも考えもられる。しかし、相続開始後において相続人は時効完成前であれば時効を中断させることができることから相続開始後の時効については相続人の財産処分と考えられ、相続開始後に時効が完成し援用が行われた場合にその遡及効を占有開始時まで認めて相続財産から除外した更正の請求は認められないと思われる(注3)。付言すると、この様な時効の遡及効果の否定は、民法508条(時効消滅した債権による相殺)の例にも見られ、遡及的効果を否定したのとの同様の事実上の結果は、時効取得と登記の関係の例(注4)に見ることができる。
 ただし、相続開始直後に時効が完成するような場合などのように、時効の完成が相続人の財産処分といえない場合など一定の事由があれば更正の請求を認められてもよいと思われる。

3,未分割で二次相続、三次相続が発生した場合の財産

相続税の申告実務では、被相続人の、父母、祖父母などの相続、いわゆる一次相続において被相続人の相続開始時にいまだ未だ分割されていない財産がある場合も少なくない。例えば、土地、建物などの不動産登記が二次相続、三次相続で、何代か前(以下”前被相続人”という)のままとなっている登記簿謄本を見受けることがある。この時どの部分が相続財産となるか戸惑う場合がある。
(1)家督相続による場合
昭和22年の民法の改正前における相続法においては、「家」の承継を目的とした半封建的家督相続制度がとられていた。この家督相続の開始原因としては、「一 戸主ノ死亡、隠居又は国籍喪失 二 戸主カ婚姻又ハ養子縁組ノ取消ニ因リテ其ノ家ヲ去リタルトキ 三 女戸主ノ入夫婚姻又ハ入夫ノ離婚」(旧964)とされ、この家督相続によって相続においては戸主の財産は原則長男子に承継されていた。すなわち被相続人が家督相続人であれば、旧民法下で開始した前被相続人の財産については相続登記手続きを経たかに関係なく被相続人の財産として相続税の計算をすることになる。
(2)新民法下での相続開始に係る場合
前被相続人の未分割の財産については、遺言による分割の禁止がない限り、代襲相続人を含めた共同相続人の全員の協議によって遺産分割を行うことができる(民法907)。また、この遺産分割の効果は、相続開始時に遡ってその効力を生ずる(民法909)。
ここで具体的な設例に即して検討してみる。
【設例】前相続人乙名義の土地丙があった場合の被相続人甲の相続財産に算入する丙の持ち分はいくらか?

なお甲の親族図を以下に示す。
   前妻A(昭和5年乙と離婚)
     :
     :・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・C
     :
    乙(昭和40年没)  D(昭和60年死亡、昭和10年乙、Bと養子縁組)
       :        :            E(生存)
       :・・・・・・・・・・・・:・・・・・・・・・・・・・・・・:
       :        :            F(生存)
       :        :
    妻B(昭和42年没) 被相続人甲
              (平成9年没、昭和20年乙、Bと養子縁組)

(検討)被相続人甲の相続税の申告に当たり相続税の課税価格に算入すべき乙名義の土地丙は、次のように考えられる。
乙の昭和40年相続開始時の相続人は、妻B、前妻の子であるCと相続開始前に乙と養子縁組を結んでいたDと被相続人甲の四名となる。昭和40年当時の法定相続分は、配偶者1/3とされていたことから被相続人甲の丙の土地は2/3×1/3(=2/9)となり丙地の9分の2を甲の相続財産に算入しなければならない。確かにBについてはすでに乙の死亡後まもなく相続開始をしているため、丙地の内Bが相続する分も甲の持ち分があるとも考えられるが、分割が確定していない段階では、乙死亡時の法定相続分による分割による他はないと考えられる。いずれにしても甲の相続税申告後に丙地が乙の共同相続人(C,E,F)により分割が完了した時点で甲の課税財産の確定がされるために甲の共同相続人は、修正申告ないし更正の請求を行うことになる。
しかし丙地が遺産分割の確定を経ないでも甲にしか相続承継する余地がない場合には、家督相続と同様に考えるべきであろう。

4,みなし相続財産の課税範囲

相続税法では、法律的には相続又は遺贈による取得財産に該当しないものでも、実質的にこれと同様の経済的効果をもたらすものについては、実質的な負担の公平を図る見地等からこれを相続又は遺贈により取得した財産とみなして課税財産に取り込んでいる。この”みなし相続財産”には、生命保険金等、退職手当金、生命保険契約に関する権利などがある(相続税法3)。
みなし相続財産となる退職手当金等については、被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したものとなっている。すなわち3年を越えてしまえば、もはや相続財産とはならず一時所得として遺族に対して所得税が課税されるとされる。
なお、被相続人の雇用主である会社が、被相続人を被保険者、相続人を保険金受取人として契約した生命保険契約により支払を受けた保険金は、通常、相法3条1項1号の生命保険金となるが、雇用主である会社の社内規程、就業規則、労働協約等においてその保険金が退職給付金として支給されるものである旨の関係者の意思が明白に表示されている場合には同2号の退職手当金に該当する場合もありうるとしている(注5)。これは課税財産の範囲というより生命保険金(相法12@五)と退職手当金等(同六)の非課税財産の分類の問題であるが、実務上問題となるところであるので取り上げた。

6,譲渡担保等の目的となっている財産
(1)譲渡担保

譲渡担保とは、法形式としては所有権の移転を取りつつも、その実質は債務の担保である。もちろん、”譲渡担保”という特別な制度(注6)として民法で明確に規定されているわけではなく、税法、破産法に若干の規定がおかれているだけである。しかし、債権者・債務者間でこの譲渡担保という方法で実際に設定される場合が少なくない。
このように、民法上明認されていない譲渡担保がとられているのは、公的実行方法を回避できることや動産の場合にはいわゆる”動産抵当”が認められていないことなどが考えられるが、その反面譲渡担保という方法をとることによって、債権者により強い担保権を与えることになり、暴利行為として公序良俗違反にならないか、外観を信じた第三者の保護が十分に為されるかなどの問題も抱えている。
そこで私法上の権利である譲渡担保を課税上どのように取り扱うかについては、国税徴収法、地方税法に一部規定があるが、所得税法、法人税法及び相続税法には規定をおいていない。そしてこれらはそれぞれ通達において定められているにすぎず、それぞれに微妙な取り扱いの相違が見られる。
相続税では、金銭消費貸借の担保としてその担保物の所有権を移転したもの又は債務金額によって買い戻しする特約のある譲渡担保については、相基通11の2ー6で、原則とした取り扱いを定めている。
そこでは、債権者については、その債権金額に相当する金額を債権者の課税価格計算の基礎に算入し、譲渡担保の目的である財産の価額に相当する金額は、これに算入しないとし、債務者については、その譲渡担保の目的となっている財産の価額に相当する金額をその債務者の課税価格計算の基礎に算入し、債務金額に相当する金額は控除するとして通常の担保権、抵当権付き財産と同一に通常の債権債務として取り扱っている。しかし実務ではこれほど簡単にはいかない。広義の”譲渡担保”に含まれる”売渡担保”をどうみるかである。もちろんその区分についてはそれほど明確にさているわけではない。民法上では、被担保債権の存否を基準として区分し、被担保債権が存在すれば譲渡担保で存在しなければ売渡担保と区分する方法、あるいは、占有の存否を基準とする方法で、占有が移れば売渡担保で、移らなければ譲渡担保だとするものなどがあるが、いずれもそれほど単純に割り切れるものではない。学説、判例では、担保権的構成を強化しこれら区分しない傾向にある。これに対して課税上は売渡担保については、その実質を判断することが課税庁側で困難であることから、譲渡として資産の移転があったものとすべきであるとの意見も見られるが(注7)、清算金などが予定されている場合など、一律に割り切れないと考えられる。しかし立証責任は納税者にあると思われることから、その性質上相続財産として”譲渡担保”を主張・立証することは困難な場合も少なくないと思われる。もちろん、虚偽表示についてはここの範疇ではない。

6,無制限納税義務者と制限納税義務者の財産
(1)相続又は遺贈(死因贈与を含む)により財産を取得した個人は、相続税の納税義務を負うが、その財産取得者である個人の住所地によって、無制限納税義務者と制限納税義務者とに区分され、次のように相続税の課税される財産の範囲が異なる。

無制限納税義務者とは、相続又は遺贈により財産を取得した個人で、その財産を取得した時において相続税法の施行地(以下「法施行地」という)に住所を有する者をいう(相続税法1一)。
制限納税義務者とは、相続又は遺贈により法施行地にある財産を取得した個人で、その財産を取得意した時において法施行地に住所を有しない者をいう(相続税法1二)。
(2)次にそれぞれの義務者についての課税財産の範囲を次のように定めている。これらは相続課税に対する国際的課税管轄の問題として、諸外国との権益のぶつかり合うところであり非常に大きなテーマであるが(注8)、ここでは一般的な課税について述べる。
無制限納税義務者に係る相続税の課税財産は、その取得した財産の全部で、法施行地ばかりでなく外国にある財産も含まれる(相続税法2一)。
一方制限納税義務者においては、その取得した財産のうち法施行地にあるものに限られる(相続税法2二)。
このため、無制限納税義務者と制限納税義務者の区分においては、住所の判定、財産の所在の判定が重要な問題となる。
(3)住所の判定
相続税法においては、住所についての規定がなく、民法により判断されることになるが、民法では、人の生活の本拠をもって住所とする旨を定めている(民法21)。すなわち住所の定義として「生活の本拠」と定めているが法律的には定義としては何も述べていないに等しい。そこで相続税(相基通1・1の共−5)では、客観的事実によって判定するとして、実質主義のうちの客観説をとるとして、主観説である定住の意思は問わないとしている(注9)。また住所の個数については、同一人で二カ所に住所を持つことは認められないとした選挙権の基準のように住所単一説を採っている。すなわち生活の実質的関係に基づいて、住所が問題となる具体的法律との関係において個々に判断し、客観的に認識される定住の事実によって住所を判定することになる。とはいっても、それでは相続税で課税の基準を定める住所をどのように判定するかといってもそれだけで明確になるわけではないことから、日本国籍を有する者が国外で暮らしている場合の判定について相基通(1・1の2共−6)では、次の場合にはその者の住所は法施行地にあるものと定めている。
@留学生で法施行地にいる者の扶養親族となっている者
A国外で勤務その他人的役務を提供する者のうち、その期間がおおむね一年以内のような短期間であると見込まれる者
すなわち、「生活の本拠」については、生活費の仕送りを受けていれば、その仕送り先で判定し、客観的主義をとりつつも1年程度以上の滞在意思を求めていることになる。もちろん主観的な定住意思が客観的に認識されるのであろうから、主観説を通達でとるからといって取り立てて問題になるものではない。
(4)財産の所在
個人の資産運用が国際化に伴い財産の所在地は相続税の課税において少なからず問題となる場合がある。例えば、制限納税義務者は法施行地外の財産には課税されない。そこで相続税法10条に財産の所在についての規定をおいている。同条1項、2項において財産の種類ごと(動産、不動産、貸付金、株式、著作権や国債など)にその判定基準を掲げ、3項で列挙されていないそれ以外の財産の所在地については被相続人等の住所地にあるものとされている。しかし経済活動の多様化によって財産も多種多様の形態が現れるに至ると、相続税法10条で一律に割り切り、同法1項、2項で限定的に列挙した物以外は被相続人の住所地だと決することは問題がないわけではない。例えば、みなし相続財産である生命保険金、損害保険金や退職手当金等の所在(相基通10−6)や無体財産権など実務上、必ずしも明確となっているわけではない。ここで個々の財産について検討を行う紙面の余裕はないが、現時点では原則、相法10条に列挙された財産に当てはめて考えざるを得ないと思われる。

おわりに

相続税申告実務で戸惑う課税財産の範囲については,その一部しか瞥見することができなかったが、このほかにも実務では、相続開始時に贈与等により既に財産の移転が行われているかの判定、未履行の契約における財産の判定など検討すべきテーマは数多い。また消極財産についても多くの問題点が山積しているので機会があれば取り上げたい。

(注1) 『DHCコンメンタール相続税法』587の3頁
(注2) 遠藤厚之助「時効の援用権者の範囲は拡大すべきか」ジュリスト増刊民法の争点T88頁
(注3) これに対して、法的安定性からみて更正の請求を否定する見解も見られるが、法解釈上で法的安定性を全面に出すとすれば、厳格、厳密な理論構成が要求されよう。
(注4) 我妻栄『新訂民法総則(民法講義T)』442頁 では、「時効によって権利を取得した者が時効期間中にその目的物についてした法律上の処分は、有効となり、反対に、時効によって権利を失った者が時効期間中にした処分は無効になる。」、続けて「ただし、この処分の第三者に対する効力については、登記が関係して困難な場合を生ずる。」とされている。この登記については、時効完成後に、時効取得者が登記しないでいる間に第三者が登記名義人から物権を取得して登記したときは、時効取得者は、この第三者に対しては、時効取得を対抗し得ないとされている(大審院聯合部判決大正14年7月8日、民集4巻412頁)。
(注5) 昭和55年10月4日裁決、裁決事例集21巻180頁
(注6) 「譲渡担保法要綱」立教法学2号157頁で試案として発表されている。ドイツ民法では、非典型担保として、譲渡担保と所有権留保がある(円谷峻『比較財産法講義』3頁)。
(注7) 南博方「譲渡担保と所得課税」ジュリスト672号90頁
(注8) 相続税の課税管轄を扱ったものとしては、関根泰子「相続税・贈与税の課税管轄をめぐる諸問題」税務大学論叢25号225頁等に詳しい
(注9) 『相続税法基本通達逐条解説』27頁
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Last Updated:20/MAY/1997