会社分割にかかる税法上の諸問題 97.9.23     

第一章 序説

一 問題の所在

米国では,経営効率を高め株主利益を増大させるためスピンオフ(Spin-off (注1) )を利用した会社分割が報道されるように(注2),企業再編の一つとして会社分割が行われている。我が国でも,今年,電気通信事業における通信政策や競争政策から日本電信電話株式会社(NTT)が分割されることが決まるなど(注3),会社分割が注目されているが,商事法上や税法上に会社分割の規定を持たない我が国では,米国のような会社分割を行うことが困難となっている。
会社分割の法政化を求める動きは古く,昭和40年代には,当時日本を襲った貿易の自由化に対応すべく企業再編としての会社分割の要請が産業界からなされている。また近時,我が国を取り巻く経済情勢は,企業活動の急速な国際化,バブルの崩壊,円高の進展,産業の成熟化などの環境の変化に直面しその結果として資本の流失による産業の空洞化を来している。このような情勢から,企業は,企業組織そのものの見直しを含め,早急な基盤の整備を迫られている。
大企業では,事業部制や社内分社化が進み,企業分割の動きが活発化している。
また,中小企業においても,バブル崩壊後の不採算部門の分離による採算部門の活性化,後継者不足に伴う事業の縮小化やリスクの分散などそのニーズは大企業に止まらない。
これに対応した法政化の動きとしては,昭和50年に法務省民事局参事官室から「会社法改正に関する問題点」の一つとして,「企業結合・合併・分割」取り上げられているが,平成9年にその中の合併のみ切り離されて商法が改正された。このように分割については,今回は積み残こされた形となったが,今後も法制化に向けて検討されることになろう。
現在行われている会社分割の手法としては,我が国商法で会社分割に関する直接的な規定はないことから,現物出資,財産引受,事後設立,営業譲渡・譲受けなどの手続きを利用した分社を行っているにすぎない(注4)。
また,会社分割に伴う税務上の取り扱いとしては,法人税法上の特定の現物出資の規定(法人税法51条,租税特別措置法66条)や消費税法の資産の譲渡等の規定(消費税法施行令2条1項2号)などわずかな範囲に限定されているが,これら税法上の取り扱いは会社分割の可否を判断する大きなメルクマールとなっている。
一方,会社分割に伴う租税法における研究は,商法上の規定もないことから,いまだ多くの論稿見るに至らない(注5)。
本稿では,まず,会社分割がどの様に取り扱われているかを,諸外国の場合にもふれて簡単に瞥見し,その後で,現状での会社分割(分社)に伴う我が国の税務上の取り扱い及び米国における会社分割の検討を通じて,税法上から現状での会社分割を検討し,併せて,会社分割が法制化された場合に税法上でおこるであろう問題点を探ることとする。
本稿のテーマである,会社分割を税制から検討する場合に,税制が経済的中立を保てるか,あるいは公平原則に矛盾しないかなど注視しなければならないが,それと共に会社分割に伴う大きな税制上の問題として租税回避行為の防止が上げられよう。会社分割と租税回避とは,租税法の下では,重要な両輪となり,一方がうまく回らなければ,アンバランスな制度となり,実効を上げることができない。そこで,本題に入る前に,次項で簡単に租税回避について取り上げる。
なお,ここでの前提となる”会社分割”とは,狭義には,会社の物的要素ばかりでなく人的要素の分割にまたがるもので,会社の財産と社員関係を含めて分割することを意味するが,広義の会社分割には,狭義の会社分割に会社の営業の一部門を移転させる場合の物的要素だけの分割も含められている。我が国の会社分割は,物的要素だけの分割が従来行われてきた(注6)。本稿では,物的要素のみの会社分割ばかりでなく狭義の会社分割も指すものとし,特に断らない場合は,通常もっとも多いと思われる株式会社を想定している。

二 租税回避(Tax Avoidance)

経済活動を行おうとする者は,税負担の要素を考慮に入れて,経済行為そのものを取り止めたり,あるいは最も税負担を少なくする方法を選択するのが通常である。すなわち,納税者は,ある取引を行う場合に,税負担を最も少なくなるような法形式ないし取引形式を選択する。そしてこの取引に対して,税法上の相談を受ける税理士は,立法上許される範囲で税負担が最も軽減される方法について納税者に適切なアドバイスを与えなければならない(注7)。その場合に,納税者・税理士は,その選択した方法が租税回避行為に当たり,租税行政庁からあるいは裁判において否認されるかるかどうかは重要でデリケートな問題となる。
しかし,この場合の租税回避とは何か。また租税回避を定義されたとして,この租税回避行為が行われた場合には,何を根拠に否認されるかについては,決して一義的に明らかにされてはいない。これについて深く掘り下げることは,本稿のテーマ以上に大きな命題に直面することになるので,ここでは,次ぎに簡単に述べておくこととする。
「租税回避」について,清永教授はドイツのHensel教授の定義を参考にして次のように述べておられる(注8)。「税法上通常のものと考えられている取引形式を選択せず,それとは異なる取引形式を選択することにより,通常の取引形式を選択した場合と同一または,ほぼ同一の経済的効果を達成しながら,租税上の負担を軽減または排除することである。この中には,通常のものでない,したがって異常な取引形式の選択,同一またはほぼ同一の経済的効果の達成,および租税上の負担の軽減または排除という三つの要素が含まれている。」
同様に武田教授は,狭義の租税回避行為として次のように整理された(注9)。「@その行為自体は私法上有効であること,Aその行為自体は仮装等のものではなく法形式と一致する経済的実質を有していること,B異常な法形式が採用されていること,C租税軽減を主として目的としていること。」
なお,租税回避は,脱税(tax evasion)とも節税(tax saving)とも異なる。脱税は,課税要件の充足の事実を全部又は一部を秘匿する行為であるのに対して,租税回避は,課税要件の充足そのものを回避する。また,節税が租税法規が予定しているところに従って税負担の減少を図る行為であるのに対して,租税回避は,租税法規が予定していない異常な法形式を用いて税負担の減少を図る行為であるとされている(注10)。 この様に租税回避とは,脱税でも節税でもなく,これらの限界は必ずしも明らかでない,いわゆるグレーゾーン部分の問題を扱う。
租税回避を問題とすべき背景には,租税回避を行った者が,不当な利益を受け,通常の法形式を選択した納税者との間の不公平は是正されなければならないと考えられるからである。
そこで会社分割が行われた場合に,安易に租税を回避する手段を提供することになるならば,本来分割を必要としている法人と租税回避のみに利用しようとする法人がこの手法を利用することになり,課税の公平が阻害されることになる。このためには,実際に組織変更のため分割が行われるのか,そうでないかを見極め,租税回避が容易に行われない税制を前もって確立しておく必要があるのである。

(注1) スピン・オフとは、親会社となる法人が資産の一部を分離して別会社(子会社)を設立し,その子会社株式を親会社の株主に交付することによって,一つの会社を二つ以上の会社に分割する方法で,米国においてはスピン・オフを利用した会社分割が少なくない。詳細は,第3章第二節参照。
(注2) ITTのスピンオフは,ホテル・娯楽,保険サ−ビス,産業機器を分離・独立させ,W・Rグレースでは,腎臓透析サービス会社の分割を決めた(日経新聞1995年6月17日)。1984年に地域電話事業を分割したAT&Tは,その後も分割を進めている(日経新聞1997年1月7日)。
(注3) 第140回国会(1997年6月)においてNTT再編関連三法が成立し,同国会で解禁された持株会社制度を活用して,独占的な地域会社と競争的な長距離会社とに分割されることになった。
(注4) 商法の規定としては、営業を現物出資して新会社を設立する方法(168条1項五号、新会社を設立した後新会社に新株を発行させて営業を現物出資する方法(280条ノ2,1項三号)、新会社が財産引受の形で営業譲渡を受ける方法(168条1項六号)、新会社が事後設立の形で営業譲渡を受ける方法(246条)によることになり、このいずれかの方法によっている。
(注5) 最近発表された論文の内で主なものは,渡辺徹也「法人分割と課税−アメリカ法を参考として−」税法学535号95頁や武田昌輔他「会社の分割と合併」日税研論集35号がある。
(注6) 東京大学ビジネス・プランニング研究会編「ビジネス・プランニング@−『分社(企業分割)』・『企業承継』−」別冊商事法務180号1頁
(注7) 東京高裁平成7年6月19日判決(判例時報1540号48頁)では,「税理士法上の義務として,法令に適合した適切な申告をなすべきことは当然であるが,法令の許容する範囲内で依頼者の利益を図る義務があるというべきである。」としている。また,東京地裁平成7年11月27日判決(未登載)「被告(税理士)は,税務の専門家として,租税に関する法令,通達等に従い,適切に相続税の申告手続きをすべき義務を負うことはもちろん,納税義務者たる原告らの信頼にこたえるべく,相続財産について調査を尽くした上,相続財産を適切に各相続人に帰属させる内容の遺産分割案を作成,提示するなどして,原告らにとってできる限り節税となりうるような措置を講ずべき義務をも負うものということができる。(かっこ内,筆者挿入)」として,最近の裁判例では,「節税」を全面にだすようになり,租税回避とはいえ,節税との区分がつかなければ,税理士は,loophole(抜け道)を求められることになる。
(注8) 清永敬次『租税回避の研究』(1995)369頁。。
(注9) 武田昌輔「租税回避行為の意義と内容」日税研論集14号3頁。なお広義には,本来納付すべき税額を回避することまでも入ると考えられるので,ここで扱う否認されるあるいはすべき行為に当たらない。
(注10) 金子宏『租税法 第六版』(1997年)弘文堂117頁。


    

Last Updated: 6/OCT./1997